『私はひこう中年でした。』と言うと「実を言うと、私も相当悪だったんだよ。」と言われる方も居られるのでは?
しかし、今回お話しすることは、「非行」の意味は多少あるもの、主に「飛行」の話です。
誰しも「鳥の様に空を飛びたい!」と言う夢を持っているのではないでしょうか。私がエジプトで仕事をしていた時、民間の飛行クラブの会員でした。その飛行クラブは、現在のカイロ国際空港が使われる前の古いカイロ空港でモハンデシン地域の西にあり、会費はなしで、費用は飛行時間1時間当たり30US$だけでした。小さな格納庫の前に何人かの中年の男たちが座って話をしており、その中の一人が「今から乗るか?」。講義も脱出訓練も何もなく、出会ったのが、ウルトラ・ライト・プレーン(Ultra light plane超軽量飛行機ULP)でした。
グライダーに小さなエンジンとプロペラを付けた代物で機体重量は300㎏、離陸重量は450㎏程度ですので、オートバイに翼をつけたようなものです。
一人乗りと二人乗りがあり、二人乗りは横に二人が並ぶ形式のside-by-sideと前後に並ぶTandemの2つのtypeがあります。私が乗ったのはTandem-typeで、前の席に生徒、後ろの席に教官が乗ります。基本的にはどちらの席からも操縦できます。 操縦席の前には、足の間に挟む位置にスティック(棒)の操縦桿があり、前面には燃料計と油圧計、高度計、速度計、座席の横の床には車輪の上げ下げを手動でするギヤがあります。操縦席を覆うキャノピー(操縦席を覆うプラスチックの天蓋)には空気取り入れ用の手で開け閉めする小さな子窓があります。
シートベルトは、旅客機のアテンダント席にある様な胸の前でクロスするタイプの物で、それだけでも少しプロ的で胸躍る思いですが、ジェット機のパイロットの様にパラシュートも旅客機の様にライフ・ジャケットも何もなし。多少、不安になり教官に聞くと操縦席の背もたれの後ろについている直径20cm、高さ40cm程のアルミ缶を指差した。それがパラシュートで下の紐を引くとキャノピーが外れ、自動的に開くとの事。つまりこのパラシュートは飛行機ごと空中に浮かせる物なのです。
セルモーターでエンジンを掛け、管制塔に許可を貰いタクシーイングで滑走路に。離陸の許可を貰い、エンジンを吹かして加速して時速90kmを越える辺りで、それまで前に倒していたスティック(操縦桿)を手前に引くとフワッと機体が浮き上がりました。そのまま約1,000mまで上昇し、水平飛行に。ここまでは教官がやってくれましたが突如、操縦してみろと言われ、操縦桿を握りました。
「前に倒すと下降」、「手前に引くと上昇」、「左右に倒すとそれぞれの方向に曲がる」、ただそれだけを教えてもらい操縦桿を押すと、機体は急激に下降。教官があわてて機体を戻す。そんなことをやったあとで教官いわく『女性の体に接するときのように、やさしく触れ、押し、引いてやるとすぐに反応する』。30US$/時間でこんな楽しさが味わえるのですから、その飛行クラブは教官や会員はすべて中年という理由もうなずけます。(ULPに乗り始めたころは、女房殿にも何故か言いませんでしたが、深層心理的には後ろめたい何かを感じていたのかも。)
この飛行機ULPは、機体が軽いので上昇気流があると、上空でエンジンを止めてグライダーのように滑空ができます。エンジンを止めると全く音のない世界が生まれます。キャノピーの小窓を開けて手を外に少し出すと、さわやかな外気がコックピットに流れ込んできて、敏感に反応する機体を意のままに動かし、小さな模型のようになった町を見ていると、今まで鎖で地上につなぎとめられていた日常から自由になった気持ちになり、なるほど飛行機に乗るというのはこういうことだったのかと初めて理解しました。 大型ジェット機と違い、この飛行機ULPは空に浮かんで当然という感じがしました。上昇気流の有無には敏感に反応し、ナイル川や畑の上を飛ぶと機体は下降し、砂漠や樹木がほとんどない町の上では、機体は上昇します。
飛行機にも弱者保護のルールがあります。一番の優先順位は動力がない、グライダーで順次、大きな飛行機になるに従いその優先順位は下がります。ULPはグライダーの次に優先順位は高いのですが、わがもの顔に飛ぶことはできません。大型のジェット機の後方に発生する乱気流に巻き込まれると、ひとたまりもなく空中分解します。
さて、何度か乗り、管制塔とのやり取りができるようになるとStudent licenseという仮免が発行されカイロ周辺の決まった空域を飛ぶことができましたし、本当は飛んではいけない空域でしたが空からピラミッド見物もしました。クラブの4台の飛行機でアレキサンドリアを回るツアーもありました。
ひこう中年、実にいい響きです。両方の意味でも。
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