(この記事は12月に書いたものをアップしました)

来月はもうお正月「睦月」です。 「睦月」の意味は、人々が集まって宴をする「睦び月(むつびつき)」とする案が有力だとの事です。

天神或いは天満宮は、菅原道真を「天神」として祀り、彼の怨霊のたたりを鎮める為に作られた神社ですが、其のいきさつを講談風に語ると次の様なものです。

『400年の長きを誇る平安時代の始まりから100年ほど経った宇多天皇の時代、頭の良かった菅原道真(大伴旅人、大伴家持などを輩出した歌人、学者の家系)は、普通の事務係(18歳で文章生)からあれよ、あれよと言う間もなく出世に次ぐ出世。41歳で香川県知事(讃岐守)、46歳で天皇秘書官長(蔵人頭)、そして54歳にしてついに右大臣(朝廷の最高機関の最高位)。
しかし、出る杭は打たれるは世の常。左大臣にチクられたとか、天皇家のお家騒動に巻込まれたとか、色々噂はあるものの、ああ、九州の大宰府に左遷。その頃の大宰府は、いわば軍の九州方面本部で九州地域の軍事、外交の要、彼の役職は副本部長(太宰権帥・だざいのごんのそち)。実質は中国との交易利権も含め権限は副本部長に集中していたとの事。
こんな美味しいポジションはそうそうない。所が、おえらいさんの左遷先としても有名でまあ、今風に平たく言うと「左遷するけど、余生は年金なしでも安泰、安楽」。私だったらそこでのんびり暮らすけど、彼は違ったね。左遷2年後に大宰府で病死後、怨霊となって清涼殿に雷を落としたり、疫病を流行させたりの大活躍。「まあ、なんとか穏便にお願いします」と言う事で彼を神様にして造られたのが「天満宮」。』

彼が優れた学者であったことから「天神様」は学問の神様ともいわれ、教育熱心な日本全国に広まり、約8万社ある色々な神社の中で第3位、5%の約4000社が「天満宮」です。

彼が生まれたのは6月25日、左遷命令が1月25日、命日が2月25日で、毎月25日は「天神さんの日」とされ、1月25日を「初天神」といいます。(神社も意外に簡単にイベント日を決めるものですね。)
「初天神」この日、「天満宮」では「鷽(うそ)鳥」(名前は口笛の「おそ」から来ている。全長15cm程の小鳥で、130円切手デザインのモデル)の木彫りが授与されます。「鷽」という字が学の旧字に似ていることから「天神様」のお使いとなっているそうです。

鷽替神事は、この授与されたこの木彫りを、「替えましょう、替えましょう!」と言って隣の人と取り替えて、嘘を誠にするという行事です。

湯島天神鷽替神事