カトマンズの朝は、暗いうちから色々な小鳥のさえずりから始まります。4月に入るとすぐにカッコーの声が聞こえ始め、普段から騒々しい街の印象とは違ってやはり、山に囲まれた小さな盆地なのだなと気付かせてくれます。

5時頃に街のそこかしこから鐘の音が聞こえてきます。通勤の途中に、道の傍らにある御堂の鐘をそれぞれの人が、それぞれの思いを込めて鳴らして通り過ぎて行くのです。人によって鳴らし方も様々で、遠慮しているように弱く、一つカーンと鳴らす人もいれば、カン、カン、カン、カンと大きく何回も、まるで競輪の最終コースの様に鳴らす人も。
これは力仕事をしている男で朝、奥さんとケンカしたかな、これは若い女性かな、など一つの鐘の音が様々な場面を贈ってくれます。

アパートの近くのお堂

お堂の中の鐘

次第に物うりの声が聞こえてきます。ビールの空き瓶回収、新聞紙の回収、ごみ集め、それから野菜や果物の売り声。
昔、日本でも色々な売り声が響いていました。いい声だなーと聞き惚れる様な声もありました。その頃は、自転車の後ろの荷台に木の箱を括り付けて、肉声の売り声でした。まさに「行商」でした。今では小型トラックに無粋なスピーカーの売り声。可愛らしい売り声に、つい声をかけると、車から降りてきたのは私と同じようなむさくるしい爺。いやですねー、売り声の詐欺は!

子供の頃に住んでいた九州の博多の朝は、必ず「おきゅうと~、おきゅうと!」という売り声で始まりました。「おきゅと」というのは、海藻色をした味は正に「ところてん」で博多のソールフードとも言われるものです。獲れたての魚も一緒に行商し、その場でさばいてくれるので冷蔵庫などない時代でしたが、新鮮な魚を毎日食べることが出来ました。何かそんなノスタルジア(「思郷病」森鴎外はこんな当て字をしていました。)に浸っていますと、このカトマンズの街の様々な売り声が大切に思えて、何時までも続いてくれたら思ってしまいます。
そのうちにアパートの北側にあるサッカー場の周辺を走るサッカー選手チームの声が聞こえ、次第に街のざわめきが大きくなります。街が「あー、良く寝た。さあ、動き始めるか!」と言っているように。
そのサッカー場でサッカーやクリケットの試合や、特に音楽関係のイベントが有る時は、色々な音楽が流れて来ます。殆どが西洋音楽、それも時にはジャズ、時にはポップス。どうもネパール特有の民族音楽については寡聞にして知りませんが、それと思しきものはあまり流れてきません。しかし、音楽が流れて来ると言うのは何か心が和んで休まります。

此の国では色々な所に細かな音や音楽が有ります。あまり大型の開発プロジェクトがないせいか、「槌音高き建設の響き」等と言う無粋で、遠慮会釈もない建設工事の音もしません。勿論、市街電車や鉄道の騒音もしませんが、一つだけ嫌な音が混じります。ピーピー、プープーと車やバイクが小癪な感じで泣き叫ぶ。
ネパールの運転手の技というか、手並みは素晴らしく、車間5㎝(いや、前後ではなく横の車との間隔ですよ。) でも何の躊躇もせず入り込んできます。しかしなんで、あんなにピーピー、プープー警笛を鳴らすのか不思議に思います。日本であんなに黒塗りベンツに向かって鳴らしたら、すぐにヤクザさんにきついお仕置きを受けるね、多分。
将来、電気自動運転の車ばかりになると、警笛などというものはいらなくなるので全く無音、これも何か薄気味悪いね。多分、そのときは鳥の囀りのように、ピーチク・パーチク、車同士が情報交換するかもしれないね。