毎月その発売日(毎月5日と20日)が待ち遠しい私の愛読書「ビック・コミック・オリジナル」(マンガ雑誌)に「どうらく息子」(尾瀬あきら作)と言うマンガが掲載されていました。幼稚園の保育士をしていた青年が、落語に目覚め、真打を目指し前座から二枚目にまで苦労して成長するさまが描かれています。落語家と落語噺の世界が克明に描かれ、実に面白いお薦めのマンガです。

しかし、なぜ苦労しながら落語家の真打を目指す青年が道楽息子なのでしょう。落語の噺の道楽息子は、大店の跡取りが吉原の花魁にいれあげて勘当になるという筋でも描かれるように、余り良い意味合いでは使われていません。所謂、放蕩者です。放蕩とは、「酒色にふけって品行がおさまらないこと」です。

広辞苑では「道楽」の項に「道を解して自ら楽しむ意から」とあり、それほど悪い意味の言葉ではなさそうな表現から始まって、次に「本職以外の趣味などにふけり楽しむこと。また、その趣味。」と解釈が出て、その次に「放蕩者のすること」と書いてあります。 この「道を解して自ら楽しむ」、言い換えると「その道の真の楽しさにのめり込む」と言う意味で、この「どうらく息子」と言うマンガが描かれていると、私は解釈しています。

さて、この稿の「道楽」は、楽しさ一杯の「放蕩者のすること」と言う意味で書いております。昔、道楽者の行状は「呑む・打つ・買う」と言う事に決まっておりました。いわゆる酒色と博打です。この三つが、人に快楽や刺激を与える最たるものだからでしょう。一つではなく複数の楽しさと言う事も快楽や刺激を何倍にもする重要な要素です。

昔、ラスベガスのホテル・フラミンゴやスターダスト等の賭博場で遊んだ事があります。食事をしながら煌びやかなショーを見て、その後で賭博場に入ると、広大と言う表現が適切な煙草で煙っているフロアーにカードの台が無数にあり、バニー・ガールが飲み物を配っています。壁側にはガラス張りのバカラのゲーム室があり、上品な人種が高額なゲームを楽しんでいました。男性トイレに行くルートの空間には、映画女優なのではと見紛う程の美女たちがたむろし、声をかけてきます。まさに「呑む、打つ、買う」と言う放蕩道楽の極致という世界でした。

(最近、様々な反対意見がありながら成立した「カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法(カジノ法)」というので出来上がる賭博場は、どんなもんなんでしょうね??最終的にはラスベガス??)

今では重要無形文化財、ユネスコ無形文化遺産と言う何か高級な趣味の様になってしまいましたが、「お能」も「歌舞伎」も含めて大衆演芸、芸能は全て酒を飲みながら、食べながら、おしゃべりをしながら、そして権力者は美女を傍に侍らせ、芝居茶屋で役者と時を過ごすという幾つもの刺激を含んだ道楽でした。

四国 金毘羅さん金丸座

江戸城大奥の御年寄・絵島は先の将軍の墓参りの後、役者・生島新五郎と芝居茶屋で宴会(密会?)し、江戸城への帰参門限に遅れた事で起きる「絵島生島事件(1714年)」。歌舞伎や小説、映画の世界でも有名ですが、この事件のおかげで、1500人余の人々が、遠島、斬首ほかで罰せられ、江戸4座の芝居小屋の一つの山村座は廃座、芝居小屋は簡素な造りに改築させられ、そして夕方の公演は廃止になったそうです。この事件と比べると、どこかの国の大統領や首相や国会議員の艶話など些細な事と思うほどです。

さて、煙草好きにはパッケージに「健康に影響あり」と書かれようが、命に代えてもと言うくらいに煙草は大切な道楽です。しかし、今では禁煙の波に押されて肩身が狭くなりましたが、東日本大震災、国債の格下げと言う国難山積みのこのご時世に1本吸うごとに13円のたばこ税(マイルドセブンの場合)を納めて頂いている事を考えると、吸わない私は有難いと思ってしまいます。

エジプト・カイロの喫茶店で水煙草を楽しんでいる男

大相撲でも2005年初場所から全面禁煙になりましたが、それまでは相撲と煙草は切っても切れない仲と言うほど密接な関係でした。現在の国技館(1984竣工)を造るとき、「沢山の人が集まる室内では禁煙」(1962年施行の火災予防条例)と言う法律に対して、相撲協会は頑強に抵抗し国会議員まで動かし、人の楽しみとは何かと言う事を追求した結果が喫煙できる国技館でした。 相撲を見ながら酒を飲み、食事をし、タバコを飲み、時には相撲茶屋に行って遊ぶ、これが相撲という神事を民衆の側から見た演芸の世界でした。

なぜ、タバコの喫煙が相撲という楽しみとそれほど強く結び付いていたかと言いますと、相撲が始まり、そして盛んになった江戸時代は、喫煙率が非常に高かったからです。文政3年(1820年)に江戸の煙草屋三河屋弥平次が記した「狂歌煙草百首」には、喫煙率は97%以上と記載されているそうです。 極端な言い方をしますと老若男女、全て吸っていた。客が家に来た時、お茶を出す前にまずタバコ盆を客の前に出すのがあたりまえでした。ですから相撲と言う楽しみと喫煙と言う楽しみは切れなかった。(しかし、当時はキセルで現在のような両切りではありませんし、火の始末に非常に厳しかったので咥えタバコはなく、常にタバコ盆を傍において喫煙しました。)

お茶も道楽の一つですが、煙草と言う道楽とも結びついていました。裏千家も含めて各お茶の流派には、それぞれ煙草盆の火入れ(煙管に火をつける炭入れ)の炭のいけ方、灰のならし方が作法としてあり、待合や腰掛には煙草盆が必ずおかれていたそうです。亭主は小間の薄茶席、広間での席でも、煙草盆の配慮が必要と書かれています。

現在、「落語」の演芸場ではタバコは吸えませんが、座席の前に小さなテーブルが出せるようになっており、其処にビールと弁当を置いてのんびり見るのが落語の楽しみでしょうか。

日本だけでなく海外の演芸、芸能も同じように「呑む・打つ・買う」という事に強く結びついていました。オペラ鑑賞と言う道楽でも、まさにこの「呑む・打つ・買う」という事に強く配慮して客席が設計されていました。パリのガルニエのオペラハウスも、ミラノのスカラ座も、バルコニー席では食事もできましたし、退屈すればバルコニー席の後ろに長椅子を置いた小部屋もありました。

昔から「人の楽しみ・娯楽」と言うことは何かを我慢しながら何かを楽しむと言う事ではなかったのです。(勿論、それなりのスマートなルールはありましたが。)
私は演芸が芸術という範疇で語られようと、「人の楽しみ・娯楽」を与えるという意味から考えて、道楽者の三つの放蕩のうち、せめて「呑む(食う)」という事と共に演芸、芸能を楽しみたいと考えています。