これは、「文化のガラパゴス現象・エジプトで神輿作り」の続編です
[プロポーション]
さて、この塗装工事が完了した時点で神輿を見ると驚いた。「誰だ!仏壇を作った奴は!」と叫びたくなった。神様がおられる社(やしろ)ではなく、仏様が鎮座まします厨子なのだ。
最近の神輿は本来の機能性から離れて一種の装飾品となっており、お堂の平面寸法に対し屋根の先端でクルッと丸まっている蕨手(わらびて)から蕨手までの屋根寸法は約五倍位あり、人間の体型で言えば胸が大きく腰の部分でキュッとしまっているグラマーな女性タイプ。
それに比べ我々が参考にした神輿は、約350年の歴史がある神輿。そんな古い時代の神輿はより現実的で且つ、団地サイズの4.5畳より八畳間提供するだけの経済的な余裕もある。また、そんな時代にグラマーな女性がいるはずもなくまあ、胴長女房で我慢しようと言う事で一件落着。
[金物工事・高所恐怖症の鳳凰]
次ぎは金物工事。これは塗装工事以上に説明が困難。鳳凰(ほうおう)、瓔珞(ようらく)、長押金物(なげしかなもの)、屋根紋等々。まず日本語を英語に訳す時から困難で、ましてそれをアラビア語に翻訳するとなると全く不可能。兎に角、写真とプラモで説明し金物製作会社に発注。
日本であれば銅版の薄板を加工し、金鍍金するがエジプトではそのような事をしてくれる所もなく結局、真鍮板の薄板を打って加工する事に成った。真鍮板は固いので打ってもなかなか曲線が出ず鳳凰の胴はやせ細り、その羽は高所恐怖症で突っ張り、上下に揺らしても羽は固まったまま。これも諦念と言う解決策で一件落着。
[飾り付け]
神輿にはその屋根の天辺から担ぎ棒まで太い飾り紐が張られている。その全長9.5mの紐を、組み紐器を使って作ろうと考え、デパートの手芸コーナーに行ったが直径3㎝の紐を造るのは無理と判り、これは購入。ついでに扉の前に付ける鏡と鈴、紐飾りなどを購入し、飾り物も一件落着。神輿の上に付ける駒札の文字を東京にいるPOPの専門家に新勘亭文字で書いてもらい、それを年賀状の版画よろしく彫刻刀で彫りエナメルを流し込んで駒札も完成。
[お札・神様の海外出張]
神輿は神様の乗り物ですから担ぐ前に、ご神体または御霊代(みたましろ)に代わる御札を収めなければならない。東京に出張した際、神田明神に行き、お札を貰おうとしたがこれがなかなかの難しさ。神輿にお札を収める際に、神様が神輿にお移りになる儀式が必要との事。
神輿をもって来れないか?(地球半周どうやって担いでくるんか?)、神社は無いのか?(有ればこんなとこまでくるか。モスクは有るがいいのか?)等々。お札所では話が付かず社務所で侃々謂々。結局、「お札を長い間神輿の中に入れた儘にしないこと。」「祭りが終わったら御札は燃やす事。」「担ぐ前に毎回お札を貰いにくること。」などの条件が付いてやっとお札を貰った。しかし、今のグローバル化の世の中、神様も海外出張に対してもう少しフレキシブルでないと世の中に遅れるのではないかと思った次第。
[完成・家鴨から白鳥に変身]
綱を張り、駒札を付け、鈴を付け、鏡を飾り…すると、ああ!何と!!あひるが白鳥に変わったではないか!もう、目の前にあるのは胴太の仏壇ではなく力強い神輿その物。今は神輿の上の鳳凰も高所での恐怖心も薄れ心なしか強くはばたいて見える。 この神輿は今もエジプトにある日本大使館の領事部のロビーを飾っている。
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