さて今回の話題は、ネパールにおける「女性は強いのか?弱いのか?」という難しい問題です。

私は、2年間JICAのシニア海外ボランティアの活動の際に、女性の通訳や調査を行うスタッフと仕事をしました。彼女たちは私以上に流暢に英語を使いこなし、都会で生活しており欧米の女性と変わらないようにはっきりと物を言う人たちでしたが、彼女たちからネパールの女性の立場を判断するには早計のようです。女性の立場が強い、弱いというのは、その生活や人間関係の中ではっきりと表れるのでしょう。

ネパールで最初に開校されたトリブバン大学工学部を卒業した女性たち

上の写真の女性たちからは、女性が弱いなどと言うイメージは全くなく「明るく元気」という感じです。私が、ネパールで活動していた時のアシスタントもこの中の一人でした。英語が堪能で、1分間に40文字近いタイピング能力があり、CADも自在に操り、交渉能力もあり、実に素晴らしい女性でしたがしかし、次に紹介する幾つかの資料から、ネパールの女性の弱い立場についてもご理解されるでしょう。

ネパールでも昔の日本と同じように、「息子は家族を守り養う者」「娘は未来の他人の財産」という考えで、娘は初潮の前に嫁がせる方がよいと信じられていました。

『娘とはくれてやるものだ、

養ってくれる他の誰かに。

今日、娘を渡してしまって、

何とホッとしたことか、

負債もなく羽のように軽やかに』

これは【立ち上がるネパールの女性たち】という本に記載されている1600年前に書かれた詩だそうです。娘はお金がかかる前に嫁に出すというこの考え方は、今でも変わっていないそうです。

今は違法になっていますが、夫の死後、妻が火葬の炎に身を投げて後を追う「サティ」という習慣があり、今でもサティで火傷を負う女性は多いと言います。又、離婚の場合も、再婚できないように顔面を焼かれるという事も起きています。

民法に述べられている親の財産分与は、娘も息子と同様に求めることはできますが、娘は35歳にならないと受領できず、再婚した場合は残っている受領財産は父方の近い親戚に返さなくてはならないそうです。これも遺言がある場合で、遺言がない場合は相続権を持つのは、7世代以内の男系だそうです。

所がどっこい、ネパールでは国で定めた祝祭日は全部で30日ありますが女性のみという祝祭日は3日もあります。

その祝祭日には、女性たちは町内ごとにあるいは民族ごとに同じ綺麗な衣装に身を飾り町内を練り歩きます。それは、それは壮観でかつ、力強くもあります。

また、私がいた建築確認申請を受け付ける職場ではなぜか女性の施主による申請が非常に多く、朝早くから事務所の前にたむろしています。

又、国勢調査に、女性が固定資産の土地や家の所有権を持っている世帯数を調べている項目があります。世帯全数の中で、約20%で女性が家或いは土地の所有権を持っていると数字が出ていますが、嫁のうちは弱いが、腰を落ち着けると強いという意味ですかね??この数字は、ヒンドゥー教の社会の中でも予想外に女性の力が強いのかなと伺わせます。

家屋の所有登記者が男性か、女性かの国勢調査資料

やはりどの国も一緒なのですよ。男性と女性の力関係は、腰を落ち着けた後は。