今回はお酒について書きましょう。『酒なんて書くものじゃないの!酒は呑むもの!書いた物読んで肴に成るか?』と既に酔ったご仁に言われるかもしれません。このご意見に私も全く賛同。ただ、HP管理者が原稿出せ、原稿出せとせっつくものですから、仕方なく呑んでいる酒を中断して・・・・。
さて、「酒は全て醸造酒です」と書くと、「お前、酔っ払っているな。酒は醸造酒もあり、蒸留酒もある、これが常識だろう。」と言われるかもしれませんが、これは本当です。
特にことさら書く事ではありませんが、醸造法にはワインのように果汁に酵母を添加して発酵・熟成させる直接醸造法と、清酒やビールのように原料となる穀物原料の米や麦芽を一度糖化させてから発酵させる糖化醸造法があります。これらのエチルアルコールを含む飲料を作る過程を醸造と言うので、全ての酒は醸造酒だと言えます。
酒の原料は多種多様ですが、糖分、もしくは糖分に転化されうるデンプンを含む物は、果物、穀物、樹木の枝葉、樹皮を含め全て酒の原料に成ります。
話が飛びますが、アラビア半島のサウジアラビア国の南西にイエメンと言う国があります。遥か昔ですが、美人で有名なシバの女王の国(紀元前10世紀頃)があった所です。今でもその頃作られたと言うダムの一部が残っており現在は、その内側にアメリカからの援助で作られたダムが満々と水を湛えています。又、イエメンはアラブ人、ヘブライ人やフェニキア人などのセム族の故郷でもあります。
イスラム教の国ですから勿論、酒は禁じられていますがその代わりに「カート」と呼ばれる葉を噛む習慣があります。この木は、東アフリカとアラビア半島の熱帯に自生するお茶の木に似たような葉をもつニシキギ科の常緑樹の一種で、葉が付いている小枝を束ねて売っています。一説では、これは非常に原始的な酒だと言われています。
若葉を選び、そのまま口の中で噛んで大きな飴玉を口に含んだように口の中で丸め、葉っぱから出てくるエキスを飲みます。このエキスには、軽い興奮作用を起こす成分(覚醒作用をもたらすアルカロイドの一種カチノン)が含まれており、イエメン以外のアラブ諸国ではカートは麻薬の一種として禁止されています。口の中の適切な温度で長時間噛まれる事で、エキスが口の中で発酵し弱いアルコールに転化し、覚醒成分と混ざり酒の代わりとなっていると言われています。ソマリアでもカートは流通しており、ソマリア沖の海賊の身代金の一部がカートで支払われたこともあるそうです。(イエメンで仕事をした時に、私も噛んでみましたが、青臭いだけで美味くもなんともなく勿論、酔う事もありませんでしたが、酒やコーヒーなど刺激物を飲んでいると酔わないそうです。)
南米・アジア・アフリカのごく一部では、各種穀物を口に入れ噛み砕いた後、瓶や甕に吐き出し発酵を待つという、低アルコールながら原始的な「口噛み酒」と言う酒造法が有史以前から現在まで行われているそうです。古代日本でも巫女がその役を務め「醸す」の語源となっていると言う説があるそうです。
さて、醸造で出来た「アルコール」を含んだ水を一度蒸発させ、後で冷やして凝縮させ、沸点の異なる成分「アルコール」を水から分離する作業が蒸留です。水の沸点は100℃、アルコールの沸点は約78℃ですので醸造した液体を、100℃以下78℃以上に沸かすとアルコールだけが蒸発し、その蒸気を冷やすと蒸留酒が出来あがります。ウイスキーとウォッカは穀物の醸造酒を蒸留したもの、ブランデーはワインを蒸留したものですし、焼酎はご存じのように米、芋、麦など様々な物の醸造酒を蒸留したものです。
この蒸留という過程が実に簡潔明瞭に判る単純な装置で出来た、実に美味い蒸留酒ラキヤをボスニア・ヘルツェゴビナで呑みました。
ボスニア・ヘルツェゴビナの家庭の庭には、洋ナシ、オレンジ、ブドウ、リンゴなど様々な果物の木が植わっています。この果物を秋に収穫し、潰して冬まで樽で貯蔵します。潰すと言っても殆どが足で踏みつけていました。この踏みつけた物をただ貯蔵するだけで何もしません。貯蔵している間に、樽やその家の食料庫に住み付いている酵母菌がじっくりと発酵作業をしてアルコールを作って行きます。ボスニア・ヘルツェゴビナの冬は寒いのでそれほど腐造や変調は起きないのでしょう。
車で引いてきた蒸留装置を家の前に据え、手前の釜(上の写真のまきが燃えている炉の上の小さな容器)に貯蔵していた液体を入れ下から薪を焚いて沸かします。アルコールの蒸気は斜めの管を通って後ろの凝縮釜(写真の青い色のタンク)に行き冷やされて、蒸留酒となって出てきます。この作業は装置を所有している専門業者が行うそうですが、その対価は出てきた蒸留酒の1割と言う事で決まっているそうです。冬の2月から3月頃に各家を廻り蒸留酒作りを請け負って移動していきますが、据え付けから蒸留完了までは量にもよりますが数時間で済みますので、この1割と言うのもそれほど少ない対価ではないのでしょう。沸かす為に使う薪と凝縮に使う水は、各家庭持ちです。
同じ果物を使った蒸留酒でも、味も香りも様々です。各家に住みついた酵母菌は同じではありませんので出来あがった蒸留酒も違った味と香りになります。
酵母菌もそれほど管理されたものではなく働く力も弱いので、一度の蒸留ではそれほどアルコール度の強い酒はできませんが、蒸留した酒を再度、釜に入れ沸騰させると言う事を繰り返すとアルコール度が徐々に高まり90度位のものすごい酒が出来ます。
ボスニア・ヘルツェゴビナで仕事をしていた時、国中を廻りその土地、土地で色々な自家製ラキヤを楽しみました。なんと、素晴らしき時を過ごした事か。
あな醜(みにく)、賢(さか)しらをすと、酒飲まぬ、人をよく見ば、猿(さる)にかも似む
万葉集:大伴旅人(おおとものたびと)
(ああ醜い。賢そうにして酒を飲まない人を、よくよくみたら、猿(さる)に似ているようだ。)
(大伴旅人は「大宰帥(だざいのそち)大伴卿(おおともきょう)」と言われ、出世街道なれの果ての大宰府長官の時に、酒で憂さを晴らしていた時の歌なのでしょう。)
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